イスラム文化を知る 1
〜サンフランシスコのイスラム教徒に聞く〜

 
   混沌とした世界情勢の中、在米するイスラム教徒たちは今、どのような心境にある
だろうか。
 北カリフォルニアの在米イスラム教徒で構成されるイスラミック・ソサエティー・オブ・サンフランシスコ(ISSF)では9月11日のテロ以降、各地の市民団体などから問い合わせが殺到した。質問の大半は、「イスラム教とは」「モスク(イスラム教寺院)での活動は」といった基本的なものだったが、ISSFでは急遽、同団体のアマチュラ・アルマワニ事務長をコミュニティー対策委員長に据えた。
 テロ直後からイスラム教徒を狙った憎悪犯罪が全米で発生、現在でも不穏な空気が漂っている。しかし、過去に移民をめぐるトラブル、異民族間での摩擦を乗り越えてきたカリフォルニアでは、他民族への理解を深めようとする動きが目立つ。数多くの問い合わせは、イスラム教徒を理解し、支援しようとする市民の心の現れともとれた。
 喧騒に包まれるサンフランシスコ・ダウンタウンの一角に、そのモスクがある。表通りとは対照的な静寂な寺院内で、アルマワニさんは穏やかに話し始めた。
 「これまでに問い合わせがあった団体は、さまざま。キリスト教、ユダヤ教、仏教などの宗教団体、政府と移民局、FBI関係者に各コミュニティー団体などです。事件後には、ウィリー・ブラウン・サンフランシスコ市長もモスクを訪れ、信者とともに祈りを捧げました」
 日系団体からは特別な支援を受けた。20世紀半ば、第二次大戦によって「敵国移民」とされ、民族全体の排除という苦い経験を持つ日系コミュニティーの反応は早かった。テロ発生直後から、「対憎悪犯罪」を軸にイスラム教徒を支援する活動を幾度となく行っている。
 「イスラム教徒はその装束からも簡単に識別されるため、『攻撃の標的にされやすいのでは』と不安を持つ信者もいます。しかし、ベイエリアにいる私たちは幸運。理解を示す市民団体が多く、ここサンフランシスコのモスクはとても静かで安全です」


 
 
 
 
信者の実体とステレオタイプ


 「イスラム教徒はすべてアラブ人」と誤認する人もいる。実際の信者全体におけるアラブ人の割合は1、2割程度とごく一部に過ぎない。全世界でイスラム教徒の大多数を占めるのは、実はマレーシア人。エジプト人がそれに続く。サンフランシスコに本部を置くISSFでは、アジア系の信者も少なくない。日系、フィリピン系、南米出身のラテン系、白人系、アフリカ系の信者もいる。イスラム教徒と一口に言ってもその内訳は多様だ。さまざまな民族が集結するサンフランシスコだけに、ISSFのメンバーは特に多様化している。
 米国生まれで6年前に入信したアルマワニさんは、自らを“新生イスラム教徒”と呼ぶ。「米国は移民国家ですが、在米イスラム教徒は移民人口だけで構成されているわけではありません。私のような米国生まれの白人でイスラム教に帰依した人もいます」
 イスラム教国に対する米メディアの報道については、「もちろん歪曲はあるでしょう。メディアとは、基本的に資本で動くものだから」と感想を述べる。「ニュースとは非日常的なもの。注目を浴びる映像を使い、これがイスラム教国の実情ですと言われれば、自然とステレオタイプが生まれてしまうでしょう」(アルマワニさん)。物事は1面で計り知れるものではない、とメディアが持つ危険性を示唆する。
 もう一つの問題は、テレビ報道が持つ短絡性。新聞、雑誌と比べると一過性な短いテレビでの報道からはステレオタイプが生まれやすい。わずか5分や10分の放送で
「背景にある文化の違いなどすべてを伝えることはできない」とアルマワニさんは指摘する。

 

日本文化との共通点


 日本文化とイスラム文化の中には、実はいくつかの共通性が見受けられる。第1に互いを尊重し合う点、第2に対人関係に距離を置き、それを礼儀とする点、第3に控えめである点。それらは、米国文化とは相反するものと言える。
 「日本人は、必ずしもいつも異文化に対してオープンとは言えませんが、少なくとも自分が滞在している国のルールは守ろうとしている。これも相手を尊重する国民性の現れでしょう。イスラム圏内と一口に言っても、当然ながら国によって文化は違う。国境を越え、共通する点をあえて挙げろと言われれば、誠実であること。これは、す
べてに通じるイスラムの教えです」(アルマワニさん)
 イスラム教徒はアラーの神と予言者ムハンマドの教えを信じ、「夜明けの祈り」「正午の祈り」「午後の祈り」「夕刻の祈り」「夜の祈り」と、日に5回の祈りを行う。普段使う言語は違っても、信者は通常、アラビア語での祈りの文句も身に付けている。聖地メッカの方角に向かい、24時間世界のどこかで信者が祈りを捧げる。こうして信者は統一されるのだという。
 戒律により、豚肉、酒は口にしない。また、太陰暦で「9番目の月」を意味するラマダンは、イスラム教の断食月で、日の出から日の入りまで、食物や水を口にすることはできない。この試練によってイスラム教徒は、感情の抑制と忍耐、世界中にいる信者や飢えに苦しむ人との連帯感を養う。また、そうすることによって体内を一掃し、普段何げなく口にしている食物への感謝の気持ちを培うのだという。これがラマダンの基本目的だ。

  イスラム総人口の約9割は、スンニ(「模範」の意)と呼ばれる宗派。この宗派は、予言者ムハンマドとコーランの教えに最も忠実で、信者の大多数を占める。残り1割は無数の少数派からなるが、その中でも多数を占めるのは、シーアと呼ばれる宗派。これら2つの宗派には、基本教義や基本的儀礼にわずかな相違があり、信者全体の合意を最重視するスンニ派に対し、シーア派は、ムハンマドの血統である後継者に対し
て絶対的なカリスマ性を与えている。ちなみに、タリバン内で大多数を占めるパシュトゥン人はスンニ派、タリバンに追いやられたアフガニスタンの少数派ハザラ人はシーア派。また、シーア派が多数を占めるイランはハザラ人を支援し、タリバンとは敵対関係にあった。こうした中にも深い因果関係が読みとれる。
 「テロ行為にかかわったとされるイスラム原理主義と一般の教徒との違いは」と尋ねると、「原理主義という名は正しい呼び方ではありません。(原理主義という)言葉通りの意味からすれば、私自身も原理主義者ということになる」と答えた。
 アルマワニさんによると、イスラム教徒は3つに分けられる。1つ目は「モダニスト(現代主義者)」、2つ目は「ファンダメンタリスト(原理主義者)」、3つ目はテロ行為を行う過激派「エクストリーミスト(過激主義者)」。原理主義とは、原典に従おうとする動きそのものを意味するので、コーランの厳しい戒律に準じて日々の生活を送っている一般的なイスラム教徒はすべて、アルマワニさんが言うように
“原理主義者”と言えなくもない。
 「原理主義は(コーランの)基本の教えに帰るという行為自体を指し、これに対してエクストリーミストは、ライン(コーランの教え)の外側に出てしまった人のことを指します。しかし、(過激派による)テロ行為は真のイスラムの教えではありません。コーランでは、ラインから出ず、その内側にいるよう諭しているからです」
【宮田麻紀】